「母は生涯気丈な賢母形のタイプであったが、いよいよ出陣する直前になって私の手をつかんで奥座敷に連れていき、周囲に誰もいないことを確かめて『そこに座りなさい!』というやいなや私の膝元にくず折れるようにしがみついて泣いた。平素人の面前で涙さえ見せない母がせきを切ったように泣きくずれるのを見て、17歳の少年であった私は唯々唖然とする他はなかった。~中略~手塩にかけて育てあげてくれた私を戦場に送る親の心情はいかがなものであったのであろうかと、親の心など知る由もなかった少年時代のことが今日になってしみじみと偲ばされるのである。」
昭和46年7月に『私の戦争体験』として書かれたもので、昭和18年10月に親に無断で志願し海軍甲種飛行予科練に入隊した当時をふり返って書かれたものです。体験記の表紙をめくった口絵に上の写真が並べて掲載されていました。写真右側が筆者で左側が母親の写真でしょう。
「いきとし生ける生者とは、生命ある者すべてということで、人種国境を越えた国際愛は勿論のこと、動物の虫けらに至るまで慈しみあわねばやまない佛陀の心が示されている。」と結んでいます。つらく悲しいことも多かったのでしょう。往生し10年になりますが生前は戦争体験の多くを語らなかった父でしたが、貴重な文章を残してくれました。現在20歳になる息子の親となった私の心に、父の体験と思いがずっしりと響いています。
そこに座りなさい!
投稿日:2015年9月15日