鐘打っていいですか?


 昭和三十六年十月二十日、紅白の幕で囲まれた鐘楼堂で梵鐘始撞式が行われて、今年でちょうど六十年になる。新しく鐘楼堂を建立したのではなく、お堂はあったが長い間、鐘がなかったのである。
 昭和十七年五月、国の『金属類回収令』によってこの梵鐘をはじめ仏具など貴金属をすべて回収された。当時住職の廓然師が日の丸に包まれた梵鐘を、悲しそうに見送っておられる写真も印象深い。
 それから二十年後、戦後の多難な時代の眞願寺をささえたのは門信徒のご懇念だった。そのお陰によって新たに梵鐘を吊ることができた喜びは計り知ることが出来なかっただろう。法要は当時の代務住職(見真寺住職)が導師を勤めていただいたが、二年後に継職が予定されてる若き廓悟師(前住職)が帰られてくることを思えば、皆さんの思いは未来の希望へと繋がっていった。

廓然師が見送る中、日の丸に包まれた鐘を拠出する。
廓然師が見送る中、日の丸に包まれた鐘を拠出する。
 先日子ども食堂に来た幼稚園生ぐらいの子どもが「住職さん、かね撞いていいですか?」と聞いてきた。勿論「いいよ!どうぞ!」と勧める。撞き終わった子どもが「ありがとうございました!すごく響きました!」と笑顔でお礼を言って親元に走って行った。
 ふと、そうだ、そうだったと、うなづいてお念仏がこぼれた。お浄土に参られたご懇念をくださった多くのご門徒の方々が、この姿を喜ばれているのだと。この鐘の音が、お念仏の声が、多くの子や孫へとご縁が響き広まれと、願ってくださってていたことを。
 お陰様で『響』五十号。さえぎることなくどこまでも響く眞願寺の梵鐘の音のように、何があろうとその時代に即応して精一杯お念仏のともしびを伝えてきたこのお寺。「どんなことがあろうとも一人にしないぞ」と私を抱きしめてくださる阿弥陀さまの願い。ひと区切りすることなく次号へと、響かせていきたい。

昭和36年10月20日稚児行列も行われた梵鐘復元法要と始撞式

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