全国的に春の嵐となった20日から21日でしたが、江別はさほど荒れることなく、しめった雪と小雨の中日(21日)を迎えました。
朝9時頃より婦人会のご奉仕をいただき、なごみ食堂のお蕎麦とうどんの準備に協力いただきました。壮年会の皆様は会場の設営とご接待のご奉仕をいただき、参拝いただいた皆様へふるまわれました。ご奉仕いただいた皆様、ありがとうございました。
午後1時からのご法要では、ぎっしり詰めて配置したイス席も満席となり、廊下やホールにもお座りいただき、約200名のご参詣でした。
ご一緒に『しんじんのうた』をお勤めし、なき方を偲び彼の岸に思いをよせつつ、み教えをいただきました。四日間のお勤めで、皆さんもなれしたしんでいただけたのではと思います。
ご法要に引き続き、一席(40分)の住職法話では、葬儀について20問〇×クイズが出されました。皆さん一生懸命に考えつつ、回答用紙に書かれていました。時々私の顔色をうかがいつつ、考えられている皆さんのお姿が、ありがたく感じました。
急な悲しいご縁によって、葬儀を出さなければならなくなると、儀式の意義なども知らずに、知人のすすめや業者さんのアドバイスなどによって、自分の意思や考えもまとまらないまま、儀式が終わることが多いようです。しかし、それでいいのかと言えば、そうではないと思います。『追善』とはどういうことなのか?『冥福を祈る』とは?収骨の時の箸渡しは何のため?いったい誰の為の儀式?・・。そんなことを皆さんと考えつつ、彼の岸へまいられた方のみ後を慕いつつ、お念仏いただいた一時でした。
ご法話が終わり、さてさて皆さんお待たせのHIGAN MIDOU コンサートが始まりました。眞願寺の歴史は130年の長き年月を刻んできましたが、中学校の吹奏楽部の演奏が行われたのは、はじめてのことだったと思います。
思い起こせば江別第一中学校の吹奏楽部は、平成24年8月の夏休みに、一週間だけこの吹奏楽部の練習会場として使っていただきました。多くの子ども達が毎日お寺に通ってくれたのは、本当に尊いご縁だったとありがたく思いました。で、あれば、いつの日かお寺で演奏していただき、地域の方や御門徒の多くの皆さんにこの一生懸命の姿を見ていただきたいと、願いをもちつつ、その願いがかなった今回のコンサートでした。 会場は、200人を超える参拝者であふれていますので、40名の子ども達が一度に演奏するのは無理があるので、4人~8人の各パートごとに分かれて、木管を中心としたアンサンブルの演奏となりました。
クラッシックでは、イタリアーナ、シチリアーナや いざおきて、いくさびとよなど、ポップスではムーンリバーやアンド アイ ラブ ア ハー など8曲を曲ごとに交代しつつ演奏して下さいました。舞台となったご本堂正面と参拝の方々は本当に近かったので、一生懸命演奏してい表情や息遣いまでがよくわかり、感動の中で皆さん聞き入っていました。
最後の曲デイ ドリームズ ビリーバー では、途中から部員全員がステージに上がって、一緒に歌ってくれました。
満堂のご本堂で時を一緒に過ごした方々の思いは、すばらしい笑顔とやむことのない拍手、そして準備がなかったのでお答えいただけなかったアンコールに、すべて表れていたと思います。この一時、ただただありがたいご縁だったと、不思議なご縁の絆に感謝せずにはいられませんでした。
最後に参拝の皆さんにお配りしたあんこ餅を演奏して下さった皆さんに御礼を込めて贈呈しました。ここでもわれんばかりの大きな拍手でした。演奏いただいた一中吹部の皆さん、本当にありがとうございました。是非又のご縁をお待ちしています。 コンサートも終わり、「恩徳讃」をヘタではありましたが、住職のエレクトーンと娘のトロンボーン、そして皆さんの合唱で斉唱し、すばらしいお彼岸のご縁の日が終わりました。
少子高齢化の波の中、子ども達となかなかふれあうことの無い方も多いのでしょう。特に中学生や高校生という思秋期~成長期の子ども達とは特にそうだと思います。子ども達も高齢者とのご縁は少なくなっています。そんな中で、お互いにふれあえた尊いご縁でもあり、知らず知らずこの御堂に導いて下さったのはご先祖のお陰とも言えるのではないかと思いました。
子ども達の中で、この日が祖父の七回忌法要だった子がいました。午前中私がご自宅の法要にまいらさせていただいた時、午後からお寺で演奏があるから、学校に練習に行っているとのことで、法要にはいませんでしたが、コンサートでお寺に来て演奏し、ご本堂で手を合わせていました。「おじいちゃんの日にお寺で演奏できて良かったね。」と声をかけました。 演奏してくれた一人ひとりの子ども達が、お寺で演奏した事を、いつまでもこころのどこかで覚えていてくれれば・・。そして是非またと、願いつつ。