かっくんの仏事あれこれ 令和6年3月

投稿日:2024年4月2日

いつも当たり前に使っている日本語。日々新しい言葉も出てきます。29歳の私ですら訳の分からない流行の言葉や若者言葉。ふと思ったんです。言葉の本当の意味を理解して使っている人がどんどん減っているんじゃないか。言葉の語源を知らない方もいらっしゃるかも知れない。
普段何気なく使っている言葉の中にも、実は「仏教用語」がたくさんあります。今回は数ある中から1 つ紹介を。皆さんも調べてみると面白いですよ。
身近な人が風邪を引いた時、また病気の方を介抱(かいほう)することを「看病(かんびょう)」するって言いますよね。この「看病」と言う言葉、実は仏教用語なんです!
国語辞書『大言海(だいげんかい)』には、「僧侶の説法(せっぽう)・呪法(じゅほう)などして病者を癒やすこと」を看病の意味に挙げています。
『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』というお経には、「仏心(ぶっしん)とは大慈悲(だいじひ)これなり」と説かれています。この言葉は阿弥陀さまが私の悲しみ、苦しみ、痛みを引き受けてくださるお心。大悲心(だいひしん)と言います。
仏道(ぶつどう)は人の痛みの分かる者になろうと、痛みを分かち合いながら生きようと努める道なんですよ。とお聞かせいただいています。
皆さん、お見舞いに行くとき、看病するとき、どれだけその人に心を寄せているでしょうか。
どれだけ痛みを分かちあえているでしょうか。
どれだけその痛みを分かることができるでしょうか。中々分からないものです。気づけないものです。
大慈悲を思い返すほど、それとは真逆な私であることに気づかされます。そんな私である。と教えてくださったとも言えます。
心の病院である仏教。「看病」という言葉がその仏教から来ていると分かったとき、より言葉の使い方、その言葉に合った行動が変わってきます。
無意識の中で使う言葉の数々、その中には阿弥陀さまの大悲心がありました。
石堂 郭成(釋 廓成)

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